「ん、じゃあ…僕、そろそろ行ってくるね」
いつものように靴を履き終えた彼が、扉の前で振り返る。
優しい笑顔。だけどその目は、どこかいたずらっぽく光ってる。
私が見送ろうと近づいた瞬間、ぐいっと腰を引き寄せられて──
「えっ…んっ…」
唐突なキス。
深く、舌が絡んでくるような濃いキスだった。
唇がじんわり熱を帯びて、背中がゾワリと震える。
「……っ、朝から激し…」
「んふふ、だって──」
唇を離した彼が、耳元にそっと囁く。
「さっきの、あの声…まだ耳に残ってるんだよね」
「昼間もひとりで思い出して、勝手に濡れたりしないでよ?」
「僕がいない間に、自分で触ってるとこ…想像しただけで興奮するけどさ…」
「見てないからって、変なことしないでね?」
わざと低く、喉の奥で笑いながら、首筋にキスを落とす。
「は、はぁっ…っ、やだ…そんな…」
「ほら、顔が真っ赤。絶対、昼にひとりで思い出すでしょ?」
私の腰を撫でながら、彼は最後にもう一度キスを落として、
「……ちゃんとおとなしくしてたら、夜…もっと乱してあげる」
とだけ言って、にやりと笑い、玄関のドアを開けた。
「じゃ、行ってきます」
その声が、ドアが閉まってからも、ずっと部屋に残ってる気がした。
耳の奥が熱い。唇の感覚も消えない。
そしてなにより──
「…もう…また…思い出しちゃいそう……」
※この余韻が、少しでも残ったなら
彼が出ていったあとの部屋は、妙に静かだった。
ドアが閉まる音すら、まだ耳の奥に残ってる。
──あの声も、唇の熱も、ぜんぶまだ肌に張り付いて離れない。
「…落ち着いて。…仕事、しなきゃ」
椅子に座り、PCを開いてタスク一覧を確認する。
書類整理、表のチェック、メールの返信…
ルーティンワークに集中しようとするたびに、心がそわついていく。
「……っ」
手を動かすたびに、ニットの袖口が手首に触れる。
ふわりと揺れるその感触にさえ、肌が敏感に反応する。
ただの毛糸なのに、そこにあの人の指先が重なってしまう。
──昨夜のことが、ふいにフラッシュバックした。
『声、我慢しなくていいよ』
『ほら…触れてないのに、こんなに濡らして。期待してた?』
『そんな顔して…可愛すぎて、意地悪したくなる』
押し倒されたソファの上。ゆっくりとめくられていく服。
指の腹が、脚の付け根をなぞっていった感覚。
ぞわ…っと、背中に電気が走るような感覚がよみがえった。
「だめっ…いま、仕事中なんだから…」
首を振って、画面に視線を戻す。
だけど、文章がうまく頭に入ってこない。
指先が、またスカートの裾をいじり始めてしまっていることに気づいて、慌てて手を止める。
「だめだめっ…、落ち着いて。ちゃんとやるって、決めたでしょ…」
タスクを一つずつ片付けながら、深呼吸を何度も繰り返す。
でも、息を吐くたびに、胸の奥がずきんと疼く。
昼間なのに、どうしてこんなに熱いんだろう。
誰もいない部屋の静けさが、余計に心をざわつかせる。
──もうすぐ終わる。あと少しだけ。
そう言い聞かせながら、私はかすかに震える指でキーボードを叩き続けた。
でも、喉の奥では、あの声がまだ囁いてる。
「ねぇ…我慢なんて…、できるの?」
──昨夜のあの時間。
グラスを軽く合わせて笑い合った、穏やかな時間のはずだったのに。
アルコールがほんの少し入っただけで、ふたりの空気は変わった。
「これ、美味しいね」
そう言って私が頬を赤く染めると、彼はにやりと笑って、もう少しだけ注いでくれた。
「うん、でも…君、顔…すっごく赤いよ?」
「んー…ちょっとだけぇ…、だもん。平気だよ…ぅ…」
「ほんと?…じゃあ、こういうのも…平気かな?」
酔った勢いだった。ふたりとも、普段より少し大胆で、感情がむき出しだった。
グラスを置いた瞬間、彼の手が私の頬をすくい、そのまま唇を塞がれた。
最初は甘いだけだったキスが、時間とともに、どんどん深く、どこか獰猛になっていく。
「…ちょっと…待ってっ、んぅ…」
「んふふ…酔ってるのは、どっちかな?」
「顔、真っ赤にして…キスだけで、こんなに息、荒くしてるのに」
下着の隙間に滑り込んでくる手。
太ももをなぞる指の動きに、私の膝が震える。
「今日は、優しくなんてしないよ」
「…壊れるくらい、抱いてもいい?」
優しさと、欲望と、支配が混ざった声。
口移しのような深いキス。
そして…リビングのラグの上で、そのまま押し倒された。
『今日は…逃がさないから』
ニットの中に手が潜り込んで、ブラの上から無遠慮に揉まれる。
背中を反らした瞬間、ストラップが外され、片方の胸が露わにされた。
──そこから先は、何度も絶頂を重ねた記憶ばかり。
髪を引かれ、突き上げられ、何度も奥を責められて。
『っ…あぁんっ…だめぇっ♡…もう許して…っ!』
何度も泣きそうな声で縋ったのに、彼は止まらなかった。
『だめ、今日は許さないよ。もっと奥まで突かれて、泣きたいんでしょ?』
『僕にぐちゃぐちゃにされながら、気持ちよくなって──ほら』
首筋に歯を立てられ、奥で達して、そのまま失神しそうになるまで愛された夜だった。
その記憶が、突然ぶり返す。
「っ……んっ…っ、待って、やだ、もう…」
仕事中の私の指が止まる。視線が揺れて、膝の間が疼く。
ニットの下、ブラの奥に触れた感覚。
ぐちゅ、と濡れた音が耳の奥で再生されてしまって──
「……っ、私……だめ、これ以上思い出したら……」
震える膝を押さえながら、私は必死にタスクへ戻ろうとした。
でも、もう頭は働いてくれない。
指が勝手にスカートの裾へと這い寄っていく。
あの夜の続きを求めて──
彼の声が、また囁いた気がする。
『ひとりでも…ちゃんと、イけるでしょ?』
「っ……だめ……」
私の指が、濡れた下着の中へゆっくりと滑り込みかけた、そのときだった。
──♪プルルル…
「っ……えっ…? うそ……今……っ」
スマホのバイブ音が震える。
画面には、依頼先の名前。
午後から連絡予定だったクライアントだった。
「…もう……!」
喘ぎ声が喉の奥に残ったまま、震える指を慌てて引き抜く。
下着の中が熱く濡れているのが、自分でも分かる。
息を整えながら通話ボタンを押す指先は、まだ少し震えていた。
「はい…っ」
自分の声がかすれていて、思わず口元を押さえる。
通話の向こうでは、業務的な確認の声が響いていた。
でも──私の頭の中には、さっきまでの“続き”しかなかった。
奥に触れる直前で止めた指先。溢れていた熱。まだ火照って疼く身体。
「……っ、なんで、よりによって今なの……」
相手の話を聞きながら、私は膝をぎゅっと閉じて座り直す。
指先がまだ濡れている。
でも、今日はもう…続きを求めるわけにはいかない。
──焦らされたままの身体。
誰も見ていない部屋の中、私はひとり、くすぶる熱を抱えたまま、現実に戻っていった。
彼が帰ってくるまでに、この疼きをどうにかできるのだろうか──
それとも──また、夜が来れば…
「昨日の続き」が始まるのだろうか。
静かに、冷めかけたホットミルクのカップに手を伸ばして、私はひとつ、小さく息を吐いた。
焦らされた身体は、夜の訪れとともに…
もう一度、あの支配に溺れていく。
この物語の空気を、現実でも少しだけ。


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