その罪を、カラダで払って

#プロローグ

──オフィスの灯りは、もう半分以上落ちていた。

背後に人の気配を感じて、如月柚葉は反射的に立ち止まる。

振り向くより先に、低い声が落ちてきた。

「まだ帰らないんだ」

それだけ。

名前も、用件もない。

振り向いた瞬間、神崎直哉は“上司の距離”に立っていた。

近くもなく、遠くもない。

けれど、その曖昧さが一番逃げづらい。

「資料、探してただけです」

嘘ではない。でも本当でもない。

直哉はそれ以上踏み込まず、デスクの端に指先を置いただけだった。

「……君、最近、顔が違う」

責める声じゃない。決めつけもしない。

だからこそ、胸の奥がざわつく。

「何が、ですか」

「自分で分かってないなら、いい」

その一言で、会話は終わったはずだった。

でも直哉は去らない。

代わりに、静かに言う。

「一つだけ、聞いていい?」

柚葉は頷いてしまう。

拒む理由が、もう思いつかない。

「もし、君が困ってるなら──

 助ける方法は、いくつかある」

“いくつか”。

選択肢があるようで、どれも安全じゃない言い方。

「……考えておいて。

 今すぐ答えなくていい」

そう言って、直哉は背を向ける。

触れもしない。脅しもしない。

なのに。

ドアが閉まったあとも、柚葉の胸の奥では、

“何かを選ばされる予感”だけが、じっと熱を持ち続けていた。

 

* * *
 

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